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みなさんは、戦国時代で「高橋鑑種」という武将の名を聞いたことはありませんか?
この人物は、キリシタン大名の1人である大友宗麟の家臣にあたるのですが、彼が築き、実際に戦の中心地となった城が、ここ太宰府市にあるのです。
現在は城跡になっていますが、実際どのような場所なのか、更に詳しくご説明しましょう。

“岩屋城の戦い”の舞台となった場所

戦国時代や武将が好きな人は、”岩屋城の戦い”という出来事を知っていますか?
これは、当時、九州地方の制覇に乗り出した島津氏と、その勢力を九州で唯一拒んでいた大友氏の戦いになります。
この頃の九州地方では、外国の文化が盛んに入っていただけでなく、勢力争いの真っただ中であったとも言えますよね。

強力な島津氏の勢力の動きを見る上で、大きなターニングポイントとなったのがこの戦いなのです。
岩屋城は、家臣である高橋鑑種が中心となって、島津氏の勢力を押さえようとしていましたが、上手くいかず、最終的には自害で終わったという幕引きになりました。
籠城戦になったほどですから、これは大きな戦いであったことが伺えるでしょう。

この戦の結果、島津氏の戦力にも大きなダメージがあったため、九州制覇の夢が困難になったとも言われています。
この戦いの結果が、九州の行く末を左右していたとなると、ロマンを感じてしまう人もいますよね。
大きな歴史の岐路を、感じることができるでしょう。

現在は太宰府市を見下ろせる景色の良い場所

そんな歴史の残る場所でも、現在は穏やかな城跡として佇んでいます。
訪れた人の多くは、太宰府市を見下ろせる、素晴らしい景色の虜になっていますので、気になりませんか?
ここからは、太宰府市の街並みだけでなく、太宰府政庁跡や水城跡まで見渡すことができますから、市内全てを一望できること間違いないでしょう!

一方で、この場所に辿り着くには、一苦労あると思って下さい。
なぜなら、最寄りの観光スポットである”太宰府政庁跡”から、歩いて40分くらいかかるからです。
ちょっとした軽い登山になりますので、行く際はしっかりと準備をしていきましょう。

最寄り駅は、西鉄「太宰府」駅になります。
実際の建物を見ることはできませんが、そのスケールを見て感じることができるでしょう。
ハイキングコースの1つとして、行ってみても良いかもしれませんね。

参考URL太宰府観光協会
(https://www.dazaifu.org/map/tanbo/tourismmap/18.html)

まとめ

今回は、太宰府市の観光スポットとして、岩屋城跡を取り上げました。
ここは、九州制覇を狙った島津氏との勢力争いの結果を左右することになった場所になります。
戦の結果によっては九州の歴史が変わっていたかもしれないとなると、ちょっとワクワクしませんか?
太宰府市で外壁塗装業者を探している方は、是非、弊社ハウジングコートにご連絡下さい。
見積もりも無料で対応させて頂きますので、心よりお待ちしております。

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